雑なクラシックの部屋

クラシックのCDに埋もれて死ねれば本望。

マーラー:交響曲第1番

この曲には「巨人」という副題がつけられることが多い。
ただ、ジャン・パウルの詩の名前からとったこの副題よりも、
マーラー自身が書いた詩による歌曲集「さすらう若人の歌」との関連の方が強い。
第1楽章の第1主題、第3楽章の中間部など、「さすらう若人の歌」のメロディがそっくり使われている。


「さすらう若人の歌」を知る人は、この曲は聴かなければ損である。
逆も真だ。交響曲第1番を愛する人は、「さすらう若人の歌」も聴かないと損である。


僕が初めて聴いたマーラーの「第1番」はバーンスタインの旧版、1966年の録音。
聴いたのは中学の頃。
第1番の主題が出てきたとき、その陰りに驚いた。
とても20代の作曲家が書く歌とは思えなかった。
人生って素晴らしいものだ、という思いを、人生の終わりの場面から振り返っているように思った。
マーラーは20代にして既に先にある死を思っていたのだろうか。


そして僕もマーラーの作った陰りに惹かれて、いろんな交響曲のCDを集め、今に至る。


バーンスタインの旧版は、その後いろんなCDが出た今に至っても、この曲の名演奏のひとつである。


バーンスタインとこの曲との相性は抜群だ。
彼はこの曲が大好きで大好きでたまらなかったのだろう。
そしてこの楽譜を読んだとき、想像力と創造性の羽ばたきを抑えきれなかったことだろう。


すべての場面に音楽に対する愛がある。
思いをこめて、それを表現にするたびに音楽が生きていく。
幸福な場面の連続が、この演奏にはある。


新盤(1987年録音)の、70代にさしかかった指揮者が過去を振り返るように曲を見つめた演奏も素晴らしいが、
この曲の僕にとってのふるさとは、今でも旧版である。


バーンスタイン(指揮)ニューヨーク・フィルハーモニック★★★★★★★★★9

マーラー:交響曲第1番「巨人」
マーラー:交響曲第1番「巨人」
ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
ミュージック


バーンスタイン(指揮)アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団★★★★★★★★★9

マーラー:交響曲第1番「巨人」
マーラー:交響曲第1番「巨人」
ユニバーサル ミュージック クラシック
ミュージック


ワルター(指揮)コロンビア交響楽団 ★★★★★★★★8

マーラー:交響曲第1番「巨人」&さすらう若人の歌
マーラー:交響曲第1番「巨人」&さすらう若人の歌
SMJ
ミュージック



60年前の歴史的録音だ。
この熟した演奏を好む向きも多いと思うし、
実際に大学時代の後輩のひとりも、「この曲の決定盤」と言っていた。
ただ、僕には、荒れ狂う思いが反映されているこの曲の表現としては、老熟しすぎているかな、という思いがする。


なお、僕が実演で接した名演奏は、1992年のウィーン・フィル来日公演でジュゼッペ・シノーポリが振った演奏である。
来日して初めての演奏(大阪公演1日目)、しかも本来振るはずだったカルロス・クライバーが例によって直前にキャンセルしての代振りで、リハーサルも十分でなかったであろう中での演奏。


実際に前半は演奏の縦の乱れが多くてハラハラドキドキ、明らかにウィーン・フィルのベストフォームではなかった。


その一方で、後半は素晴らしかった。
特に第4楽章の後半。
挫折と絶望、心の崩壊、
それに続く第1楽章の懐かしい回想、そしてそこから最後の最強奏に繋がる10分間。
それは「本気のウィーン・フィル」、そして「本気のシノーポリ」であった。
前半プログラムのリヒャルト・シュトラウスの「ドン・ファン」の名演奏とともに、
30年近く経つ今でも心の中に生々しく蘇る、僕がクラシックの実演で接した最高の時間のひとつだ。


東京公演の、同じプログラム(NHKホール)による演奏がDVDで販売されている。

NHKクラシカル ジュゼッペ・シノーポリ ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1992年日本公演 [DVD]
NHKクラシカル ジュゼッペ・シノーポリ ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1992年日本公演 [DVD]
NHKエンタープライズ
DVD



もうひとつ、シャルル・デュトワが宮崎国際音楽祭で振った演奏も忘れてはいけない。


こちらは僕が接した演奏でなく、ネットの世界に落ちていた音源を聴いて、映像を見て、驚愕の思いをした演奏である。
2009年8月17日、メディキット県民文化センターでのライブ。
一時期ニコニコ動画に、このままCD化してもいいような生々しい音の音源があったので、僕はこれをCDに焼き落として、繰り返し聴いている。


歌にあふれ、音楽には立体感があり、弦や木管にはニュアンスの妙がある。
金管も強音から弱音まで抜群の安定感だ。
メンバーも実力者が揃っていて、臨時編成とは思えないうまさだ。
一発ライブなのにミスがごく僅か(細かく聴いてわかる程度)、というのも凄い。
第3楽章のコントラバスのたどたどしい表現や、中間部の「さすらう若人の歌」終曲からの引用部分における弦楽の美しさも素晴らしい。


ネットの世界で見かけたら、絶対に聴くべき(見るべき)演奏である。
バーンスタインやワルターの演奏に匹敵しうる、類い希な演奏だ。